写真は絵画や他の芸術に比して幾つかの面で低い評価しか与えられてい ません。その一つは作品としての価値の評価です。写真は絵画や書画の ように一幅の絵としての価値は殆どありません。この理由も幾つか挙げら れますが、大きな理由としては写真の扱われ方に問題があります。 写真は鑑賞用としてでなく、マスメディアの報道や広告媒体として、或いは 記録としての重要性が優先され、写真の持つ訴求力のみの価値が求めら れてきた経緯があり、一葉としての作品的価値は疎外されてきました。 只、一連のテーマを扱った作品集や記録としての集大成の写真集には それなりの評価を得られていますが、しかし一葉の作品的価値は他の芸 術作品の比ではありまん。尤も写真はプリントによる大量複製ができるこ とによる価値の問題はありますが、このこととは別の次元の問題もあるの です。 一葉の写真の価値を高める方法はないのでしょうか? 写真は芸術とは なり得ないのでしょうか? この答えは写真家の写真に対する認識の中に あります。 従来の写真家は報道畑か、或いは広告・営業畑が圧倒的で、写真とは技 術であり、その技術で飯を食うという技術屋稼業の意識が強かったようで す。作品に対する意識、つまり永遠としての作品的価値より技術的価値を 重んじていたようです。 現代に至っては一部芸術志向の写真家も増えつつありますが、依然とし てマスメディアや広告としての作品が主流であり、何かを伝える伝達媒体 としてしかその価値が認められていません。作品集として出版している写 真家にあっても一葉の写真としての作品作りには意識を向けていないよう です。その証拠に、一連のテーマや年月を掛けた集大成でしか作品化さ れていません。 一葉の写真に全人生を掛けたといえるようなショットを目指す写真家はそ ういるものではないでしょう。しかし他のジャンルの芸術家にはそのような 人はザラにいるのです。ここのところの意識が写真家にはないのでしょう か? 尤もそんなことをしても写真は写真でしかないと諦めているのでしょ うか? 写真も立派な芸術です。芸術を一括りで言い表すのは難しいことですが、 端的にいえば「美の創造と探求」といえます。それも作者の全身全霊を打 ち込んで創造された作品こそ最高の芸術品として評価され、又、価値が生 じるのではないでしょうか。 写真が他のジャンルに比して芸術的価値が低いのは、大量生産できるか らという理由だけによるものではありません。写真家が安易に、或いはメ ディアとしての価値しか求めていないところに問題があります。 更にもう 一つ大きな問題として、リアリティーと決定的瞬間、即ちシャッターチャンス にしか重点を置いていなかったジャーナリズム主動型の写真の歴史的経 緯によるものがあります。 写真が発明された当時の「真を写す」「一瞬を固定する」という鮮烈な神話 的事実がそっくりそのまま一世紀半を経過した現代にまで生き続け、その リアリティー路線は変わることなく、プロにも又、アマチュア写真家にも踏 襲され、綿々と継承されており、その状況下では、写真でリアリティーを損 なうような表現は邪道として疎外されているのが現状なのです。 今、写真は新たな時代に差しかかっています。従来の記録重視の写真の あり方では、もはや写真家の生き残れる余地はないところにきています。 記録性や写実性は既に機械の範疇に入ってきているからです。 かって、機械を操るのは人間でした。それ故に文化であり技術でありまし た。今や機械を制御するのも機械自身がやってのけるハイテクの時代に なっています。人間の介入の余地は昔ほど残されていません。カメラに関 していえば、誰でもが押せば綺麗に写るようになっています。記録や写実 という写真は写真家の範疇でなくなっているのです。今、写真家は旧態然 とはしていられません。意識改革を迫られているのです。生き残る道は只 一つ、芸術としての道です。 文化・芸術は人間が作るものです。如何にハイテクが進歩しようとあくまで それを使いこなすのは人間であるべきです。そこから創造としての価値は 生みだされます。機械が文化や芸術を創造すればおしまいです。 芸術は心の表現です。心のあり様を具現化するための道具として写真は あるべきです。特にハイテクの時代にあっては・・・。 写真が絵画に比して軽薄に見られる理由に表現の自由さと制作への態度 や労力の面で劣っているからです。これらの面を克服するには、絵画との 相違点を熟知して写真としての特性を如何なく発揮することです。そして 今以上の写真的表現の可能性を模索し、作者の個性の発揮と新しい美 の追求に懸っています。 常に創作としての発想で記録性から脱却して、心技一体としての表現へ 向かうコンセプトや、表現としての哲学が必要となります。 現在のカメラは優秀であります。しかし作者の意図を汲み取ることはあり ません。幾らハイテクや技術が駆使されても作者の想いが語られない写 真は、あたかも人生観に裏打ちされない小説であり、味付けの悪い豪華 な料理でしかありません。このような作者不在の作品は、当然のことなが ら訴えるものもなく、観る者に感動を喚起することもなく、単なる被写体の 死んだコピーでしかないのであります。 観る者に感動を与え、訴えることのできるものは、人の心であり、思想で あり、即ち人生観なのです。写真的表現というものは、ある被写体を借り て作者の熱き想いを描き出し、語ることに他ならないのです。作者のその 熱き想いこそ、人に感動を与え、命の輝きを共感させ得るものであり、単 に美しい被写体や巧みな技術だけでは人生を左右するような奥深い感動 を与えることは出来ません。 写真が絵画を凌駕することは至難でしょうが、しかし、絵画では写真に勝 てないものもあります。その特質をよく理解すれば絵画に匹敵する芸術と しての写真の道が開かれます。その為にも写真の利点をよく把握すること が必要でしょう。 次に写真の絵画との相違点を列記します。これらをよく理解して、その特 質を応用し、作者の心の表現としての写真を追求していくことが芸術とし ての方向性であり、又、写真家としての使命でもあります。 <絵画との主な相違点> 1.リアリティー・・・・・色、形、雰囲気等。 2.シャッターチャンス・・・・・決定的瞬間。 3.動感描写・・・・・流れ、ブレ、静止、流し撮り等。 4.アウトフォーカス・・・・・ボケの効果。 5.細密描写・・・・・質感等材質的リアリティー。 6.遠近圧縮感及びデフォルメ・・・・・視覚外表現。 7.陰影及び透明感・・・・・光と陰の効果。 8.マクロ的表現・・・・・超視覚表現。 9.シャッターの応用・・・・・高速、低速効果。 10.多重露出の応用・・・・・心理的表現や超現実的表現等。 11.その他レンズの特性ゃ、カメラのメカニズムの応用による表現。 ・・・・・無限の表現の可能性を模索研究。 以上の写真ならではの表現を用いて自由な発想のもと、旧態然の枠組み に捉われず、メカニズムの制約をも乗り越えて新しい表現に挑戦していく ことでしか、写真の未来は明かるいものとはなりません。今こそ、プロ・ア マ問わず意識の改革を為すべき時ではないでしょうか。 ー守道ー |