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 『写真は心の表現である』
 

写真が写心である所以は、写された写真には必ずその撮影者の心、即

ちものの考え方や見方、或いは性格や癖までも如実に写っているからで

す。それらは意識する、しないに関わらず・・・・・。

ものの見方・考え方が浅ければ薄っぺらい内容の写真でしかなく、逆に

人間味溢れ思慮深ければ、その作品は暖かで奥深い内容のものとなり

ます。又、性格がいい加減であれば大雑把なものとなり、几帳面であれ

ばキッチリしたものとなります。このことは至極当然なのですが、意外に

気付かれていません。

要するに、写真はありの侭の自分が出るのであり、換言すると、ありの侭

の自分しか表現出来ないということなのです。

もし、いくら頑張っても良い写真が撮れないと悩んでいる人があれば、技

術や知識以前の問題を考え直してみることをお勧めします。

良い作品、人に感動を与える写真を撮るならば、先ず今の自分を見つめ

直してみましょう。性格もそうですが、ものの見方・考え方を磨きあげ、こ

れまで以上の自分になることが必要です。何故なら、これまでの自分の

個性や感性では人に感動を与えられなかったのですから。

先ず自身の心のあり様を変えていくことでしか良い作品は撮れないと認

識し直すことです。いくら知識や技術を磨こうとも、それらはあくまで「心

の表現」の為の手段であって、表現の内容、即ち心がお粗末では人に

感動を与えられる素晴らしい作品は撮れないでしょう。心の表現こそ「写

心」そのものだからです。

                                     
ー守道ー
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