写心塾を始めて丸々十九年が経ちました。当初は写真の精神性たるもの
を私自身もよく理解せず、技術的なもののみに重きを置いて指導してきま
した。ところが二年三年と経つうちに腕を上げてきた生徒さんの中でコンテ
スト志向に走りだす者が目立ちはじめ、徐々に入賞を果たすようになると、
『もう学ぶ必要がなくなった』と塾に来なくなる者が何人かでてきました。初
めは気にも掛けなかったのですが、その後も同じような天狗が現れ、今度
は何人かのメンバーを誘いこんで一派を形成し、コンテスト志向のクラブを
結成しました。そこで始めて私は考えました。
何の為の塾だったのか? コンテスト入賞者養成塾だったのか? そうで
はなかったはずです。しかし、明確な指導方針を持っていなかったことを
猛反省し、単に技術一辺倒のあり方を改めるため、真剣に「写真とは何か
?」を考えました。
写真は技術だけでは奥深い内容を表現できないということに気付き、又、
「芸術とは何か?」ということをも勉強することになりました。その結果「芸
術も人の道」に他ならないことに気付き、改めて人間性の重要さを理解し
たのです。そして作品には人柄や性質・性格、更に思想まで表現され得る
ということをも理解しました。
芸術としての作品作りは、コンテストが目的ではないはずです。自身の個
性や感性を磨きながら、しかも精神内容を高めつつ、人に感動を与える
作品を作ることに邁進する。このあり方が芸術なのではないかと思うよう
になりました。
それからというもの塾の方針も一新し、人間中心、つまり「心のあり方」を
学び、又、それを表現し得る『写心』を教えようと決心しました。教える以
上、私自身が学ばなければなりません。そこで私は精神世界を仏教哲学
に求めました。
仏教の根本は自己の心の浄化とすべてに対する慈悲の精神を培うことで
す。仏教を学んだおかげで、純粋にものごとを観つめる目が些かでも付
きました。
花を写す心の姿勢も変わりました。まだまだこれから多くを学び実践に結
びつけるように精進しようと、緒端に就いたばかりです。塾生の皆さんと共
に互いに写心を通して切磋琢磨していく覚悟でいます。
この拙書は『写心不二論』と題し、仏教の精神を盛り込みながら、写心を
通して自然と一体化しながら心の純化を目指し、自身の心の安らぎと共に
人々に感動を与えられる作品作りをしていく為の指針的なもので、技術以
前の心構えに就いて重点を置いています。単なる技術解説ではありませ
んが、技術を活かすための重要な要素であると確信しています。
この拙書が心を癒すための写心を目指す方々の一助にでもなれば私の
目的は成就され、幸甚の極みとなります。
2004.4.1
ー守道ー
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